依存症とトラウマ

逆境的小児期体験(Adverse Childhood Experiences, ACE)が様々な依存症のリスクを高めることが明らかになりつつある昨今、私もセッションやヨガクラスを通じて、多くのアディクトの方々が、原家族での幼少期の愛着問題や逆境体験をもとに形成されたトラウマである「発達性トラウマ」を抱えている印象を抱いています 。そしてこの「発達性トラウマ」こそが、彼/彼女らの生きづらさの多くの部分を占めているように感じています。しかし、彼/彼女らのほとんどは、自身が発達過程でトラウマを被ったことを自認していません。彼/彼女らは揃ってこう言います、「自分は普通の家庭で育った」と。

依存症は「否定の病」と言われていますが、ここでも意識的にか無意識的にか「発達性トラウマ」を否定しています。

依存症からの回復は、アルコールであればAAや断酒会など自助グループと繋がり、自分自身のことを語ることによって回復の道を歩むのが一般的です。AAなどアノニマス系では12ステップという段階的な回復プログラムに取り組む人が多いようです。

しかし、自助グループでのいわゆる「吐き出し」、また12ステッププログラムにおける「埋め合わせ」や「棚卸し」等は、得てして体験者の多くが自罰的な傾向となりがちです。どんな療法も全ての人に適応できないように、このような”暴露”による療法も全ての人に合っているとは言えないのでしょう。

“暴露”は、今まで散々他人から否定され自身でも自己否定を続けてきたアディクトが、さらに否定からプログラムに入る危険を孕んでいます。こうした「自他の否定」は、「発達性トラウマ」を含むトラウマが元となって醸成され、トラウマと直接関係し、もしくはトラウマの末端に触れるケースがほとんどです。

そしてこの「自他の否定」は、SE™の観点から見ると、非常に危ういものです。なぜなら、まだクライアントがストレスに対する耐性が強くない回復の初期段階で否定的に自他のトラウマを語ることは、そのトラウマに圧倒され再トラウマ化してしまう可能性が高いからです。

ですから、SE™のセッションではまず、リソースと呼ばれる自分にとっての「快」を広げることによって、ストレスに対する耐性を上げることを第一に行います。そして十分な耐性ができてその時初めて、トラウマと再交渉します。

つまり、SE™では否定をしたり、行動できなかったことを責めたり、恥を上塗りするといったことはしません。そうではなく、クライアント自身の神経系の防衛反応の結果、そうせざるを得なかったことを理解し、行動できなかったこと(=未完了の行動)を完了させることによって、過去の記憶を上書きすることを目指します。

ですから、発達性トラウマを抱えていると思われるアディクトの方にSE™でアプローチする場合は、まずご自身が発達性トラウマを抱えていることに気づきを向けてもらいます。その上で、ご自身の心と身体に刻み込まれたトラウマの傷にアプローチし、少しずつ傷を癒していきます。

生きづらさには様々な要因がありますが、「発達性トラウマにアプローチすること」は「土台を作る」という要素を持っています。この土台とは、ストレスに対する「耐性領域を拡げる」と言い換えても良いでしょう。

日常生活でストレスを皆無にすることが難しい世の中ですが、この「土台」ができることによって、日常でストレスに晒された際にも嗜癖行為に走ることなく、自己調整によってストレスに対処できるようになることが期待できます。

インドの聖人、ラハナ・マハルシの言葉に以下のようなものがあります。

「木は枝を切られても再び生えてきます。生命の源が影響を受けないかぎり、それは生長し続けます。」

トラウマにも同じことが言えます。たとえばトラウマが原因となっている自律神経の不調によって疼痛なとが症状として現れた場合、いくら対処療法を施してもいずれまた症状が現れてしまいます。

依存症も同様です。依存症は嗜癖を繰り返すことですが、SE™では「未完了のものは繰り返す」とされています。つまり、嗜癖行動に対していくら対処療法を施しても、その原因が「未完了の何か」によるトラウマであった場合、嗜癖が繰り返されるリスクは高いままとなってしまうのです。だからこそ、トラウマという”不調の根源そのものにアプローチする”ことが求められるのです。

依存症が、トラウマという観点から考察されることはまだあまり多くはありません。が、トラウマという新たなレンズは、依存症とその回復を理解する上で欠かすことのできないものなのではないか、と、私は感じています。

(高木佑輔)

参考文献

『身体に閉じ込められたトラウマ』ピーター・A・ラヴィーン 星和書店,2016

『その生きづらさ、発達性トラウマ?』花丘ちぐさ著 春秋社,2020

『わが国におけるポリヴェーガル理論の臨床応用』花丘ちぐさ編 岩崎学術出版社,2023

『身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法』ベッセル・ヴァン・デア・コーク著 紀伊国屋書店,2016

『ラマナ・マハルシとの対話2』ムナガーラ・ヴェンカラターマイア【記録】ナチュラルスピリット,2013

コメント